Qui suis-je ? 1話【甘ったるいコーヒー】

 ふと、死のうと思った。
 深夜2時、もう戻る事は無いだろうと家を出た。

 近所の橋の欄干に両腕を乗せ、川面を眺めれば、そこには印象主義のような美しい絵があった。
「……死ぬ間際だってのに、どうして世界は美しさを描くのかねぇ。」
 そうボヤきながら、俺は身を乗り出し、絵を破りに行った。



 しかしながら、気が付けば俺は全く違う場所に居た。

 喫茶店……?何故……?理解が追い付かない。身体も濡れていないし、どこも痛くもない。
 戸惑っていると、
「おっ、やっと気が付いたかね少年。」
 と聞き慣れぬ声をかけられた。
 後ろに目を向ければ、そこにはひとりの女性がコーヒーカップをふたつ用意して立っていた。
「あの……、あなたは?ここは……?」
 そう訊くしか、できなかった。
「ここはいわゆる“彼岸”って所さ。でも少年、君は死んでないんだなこれが。」
「彼岸?死んでない?一体どういう……」
「まぁまぁ、とりあえずコーヒーでも飲みなさいな。」
 そう促され、仕方なくコーヒーを飲んだ。
 甘い、甘すぎる。これでもかというくらいに砂糖が入っているように感じた。
 むせる俺を見て
「はっはっは、甘かろう甘かろう。自分にもそんくらい甘くしてあげなさいな。と言っても時には苦味も必要だけどね。」
 と笑う。なんなんだこの人は。
「おっと、自己紹介がまだだったねぇ。僕は水谷仙胡(みずたに せんこ)。しがない元人間さ。」
 元人間だって?頭打ったせいで中二病の人間に出会ってしまったのか?
「……帰ります。」
 そう言ってドアの方向へ向かおうとした時
「帰る?どうやって?ここは彼岸だよ?第一もう帰るつもりは無いんだろう?」
「いいんですよ、元々死ぬために出かけたので。」
「ふーん。そっかそっか、君の中にはまだ命のカンテラが煌煌としてるのにね、村下紫菀(むらした しおん)君。」
 !?
 何故俺の名前を?
「驚いてるねぇ、驚いてるねぇ。」
 そうニヤニヤしながら水谷と名乗るその女性はつらつらと俺の個人情報を述べ始めた。
「誕生日は10月3日の18歳、今は不登校、好きなモノはカフェオレと読書、好きな女のタイプは……」
「わかりました!わかりましたから!降参ですから!」
 本当に何者なんだこの人は。



「……で、ここは彼岸ってとこなんですか?」
「そうそう。川を挟んであちらとこちら、まぁ君が生きている世界とあの世って感じで捉えてくれればいいかな。」
 意味がわからん。そりゃあの世とこの世くらいはわかるが、そんなのがあるとは思いもしないし第一死後の世界なんてわかりようが無い。
「嘘だと思うなら外をご覧なさいよ、絶対君の知っている世界ではないから。」
 そう言われ、窓から外を見てみると、景色はまるで水墨画で描かれるような仙人の住むような世界だった。
「僕の言う事を信じてくれるかい?」
 信じられない。
 夢だこれは。とほっぺたをつねるも、痛い。
「まぁ、君をここに呼んだのは僕だからね。」
「あなたが?」
「そう、僕がこっちにワープさせたって言えばいいかな。あと水谷でいいよ」
「は、はぁ……」
 信じろと言われても、やはりまだ信じられない。
「君が橋から飛び降りるのを見て好奇心が湧いてね。」
 死のうとする人間に好奇心が湧くなんてどんな性格してるんだ。
 そう思っていると、水谷さんは僕に質問を投げかけた。
「どうして、まだカンテラが光っているのに、死のうとしたんだい?」
「そのカンテラって何なんですか……?」
「まぁ、わかりやすく言うとその人の命の輝きって言えばわかるかな。死にかけの人のカンテラは電池切れ前みたいに弱々しく光るし、いきいきとしている人のカンテラは太陽のように眩しいのさ。」
 よく創作で人の命を蝋燭に例える描写があるが、それみたいだなと思った。
「ま、見えるからと言ってどうこうできる訳でもないけどね僕は。」
「じゃ、俺にどうしろって言うんですか。」
 そもそもこの人が何故俺に興味を示したのかもわからなければ、どういう意図をもってこの場所に呼んだのかすらわかっていなかった。
「君に楽しく、人生を謳歌して欲しいのさ。」
「……はいぃ?????」

 どういう事なんだ。

「僕と契約して、人生を謳歌してくれよ!」
 そう某魔法少女のアニメのように水谷さんは提案してきたのだった。

※この物語は1ミリくらい実話を基にしたフィクションです。